History of Hemp and The Blessing Culture

December 7, 2022
栃木県鹿沼市にある野州麻農家を訪ねるtefutefuクリエイティブディレクター森星

日本の暮らしを支えてきた神聖な植物、麻農家を訪ねて

縄文時代から衣類や土器制作に使われていたといわれ、古来日本の暮らしに寄り添ってきた植物「大麻(おおあさ)」。実は、伝統行事や芸術に欠かせない存在であり、現在でも神社や神事で使用されています。
日本有数の大麻農家を有していた栃木の特産「とちぎしろ」のブランド「野州麻(やしゅうあさ)」農家で8代目の大森芳紀さんは、従来から大麻の可能性を追求して研究を重ねています。紙や衣類、化粧品や麻炭といった生活用品にはじまり、現在は野州麻と地元の石灰を使った100%自然に還る建築づくりに挑戦しています。
強靭な繊維質と通気性の高さを持つ成長の速い日本古来の大麻は、自然からの恵みだけを糧としていた古代人の暮らしを支える貴重な植物だったとか。日本の古来種の恩恵を再認識し、これからのウェルビーイングの可能性を探りに大森さんを訪ねました。

栃木の特産「とちぎしろ」のブランド「野州麻(やしゅうあさ)」農家で8代目の大森芳紀さんとてふてふクリエイティブディレクターの森星

麻の畑の奥に山並みが広がってとても美しい場所ですね。栃木での麻農業は日本随一だと伺いました。
そうですね、栃木のこの辺りでは江戸後期くらいからずっと栽培されてきており、先祖代々神社にお納めしてきました。周辺の麻農家は皆さん8代、9代と続いていて、僕も記録にある限りでは僕は8代目なのですが、文献が焼けてしまったりしてはっきりとはわかっていないんです。オーストラリアやフランスなど海外から日本の麻に興味を持ってお客様がいらっしゃることも多く、こんなに昔からやっていたんだと驚かれる方も多いですよ。

美しい自然に囲まれた栃木県鹿沼市にある麻農家

日本の麻の歴史はどのくらいまで遡るのでしょうか?
実は、縄文時代くらいから衣食住で使われてきたということが最近になって国立博物館の方々の調べで分かったんです。剣道など“道”のつく世界や、歌舞伎などの伝統芸能でも使われています。例えば、歌舞伎の衣装や舞台で履く「麻裏草履」の裏側、能面の髭ですね。他にも花火でも使われますし、相撲のまわし、相模の大凧やけんか凧など。また、冠婚葬祭では結納時の「共白髪」(麻を割いて白髪状にした結納品のひとつ)もそうですね。麻の繊維の強さをもって「切れない」という意味合いが込められています。お葬式では杖とわらじなどを棺桶に入れますが、旅立たたる仏様が途中でなくさないように、とそれをつなぐ紐も麻でできています。日本人が生まれてから死ぬまでの要所々々に独特な麻文化が存在しています。

『野州麻(やしゅうあさ)』の品種である名産「とちぎしろ」は現在どのように加工・生産されているのでしょうか?
I栃木県では麻の畑から葉を持ち出すことが禁止されているので、畑の中で切り落として茎のみを収穫します。湯をかけて寝かせ、3〜4日発酵させた後に乾燥した麻(キソ)を保管して順番に加工していきます。発酵させた麻茎(水束)から表皮を剥いで精麻(セイマ)と麻殻(オガラ)、麻垢(オアカ)にわけるのですが、その過程でこそげ落ちる繊維を紙や衣類に加工するんです。今は7割を超えるほとんどが御神事用で収めさせていただいていますが、実はそれでも足りていないのが現状で、現在2万社ある日本の神社でおそらく国産の麻を使えている社は数%なんです。あとは輸入かビニールを使用されているんです。昭和二十数年には日本に何万軒と麻農家があって当時は栃木でも4000軒くらいあったんですが、需要の低下や規制によって今は12〜13軒に減ってしまいました。

栃木県鹿沼市の名産「とちぎしろ」に使われる野州麻の生産風景

世界中で麻は何種類ぐらいあるんですか?
日本において麻と称される種類は少し独特で、生育が早くて強い繊維が取れる植物には「麻」の名がつけられてきました。例えばケナフは和名にすると洋麻となりますし、苧麻(ちょま)やジュートも麻という名前がついているのですが、種類としては麻とは全く違うもので、日本で自生する麻は大麻が主流です。大麻はざっくりと大まかに分けると、繊維型と中間型と医療型の品種があり、世界で見ると2000種ほどもあるので、分類が難しいです。日本に自生し栽培されてきた在来品種にはTHC(※1)の成分はほとんどなく、ほぼ繊維型と言われています。繊維型にはCBD(※2)が多く含まれており有用性に注目が高まっているようですが、現在日本でCBDの生産は禁止されています。

人々の暮らしではどのように使われていたのでしょうか?
土壌から余すことなく使われていました。根は30cmから40cmくらい伸びるので土を耕してくれますし、収穫した後の根はそのまま残すため、微生物の住処になり豊かな土壌を作ります。麻殻は門殻(もんがら)とも呼ばれていて、お盆の精霊馬にも使われています。マコモの筵とお札や割り箸のようなものが使われているのをご存知のかたもいらっしゃると思うんですが、実はお箸じゃなくて麻を使用するんですよ。また、白川郷などの茅葺の屋根の下地にも使われています。多孔質なので家の中の湿度が高くなったら吸ってくれて、乾燥したら吐いてくれる、調質の役目で昔の人は使っていました。ちなみに、ワシントン条約の文書に使われたのも大麻でてきた紙なんですよ、純粋なセルロースなので虫に食われないという理由で、重要な文書には麻の紙が使われてきたようです。

日本で古くから生活に深く関わってきた大麻(おおあさ)

花火の世界でも使われていたとのことですね。
麻がらを炭にして麻炭にし、麻炭をパウダー加工して花火用の麻炭を作ります。花火は大きいほど尺玉が大きくなるので重くなる上に、打ち上げ時には高さも必要になりますので、軽い麻が使われてきました。桐も軽いですが生育するまでに時間がかかりますから、麻が花火の世界で重宝されてきたんです。

こちらのギャラリーではまわしが飾られていますが、そこにも麻が使われているんですか?
あちらは、横綱のまわしです。外側にはサラシが巻いてあるんですけれど、中に15kgくらいの麻が入っているんです。僕らは繊維を納めたら、その後力士さんが米ぬかで揉んで糸状にしてから撚ってまわしにするんです。力士の身長などによって重量はそれぞれですが、2日間かけてご自身たちで制作されるんですよ。

日本の文化は遡ると神社仏閣につながり、暮らしを支える道具や祈りには神格化されているものも多いです。麻が特別な存在になったのは、なぜなのでしょう。
古来、毎日の食べ物や命すら自然環境に左右されてきた時代、成長が早く堅牢な麻の存在に人々が畏怖の念を抱き、次第に神々しい存在になっていったのかもしれません。ある地方では、身を清めるために麻を使っていたという話を聞いたこともあります。マタギさんが山に入るときに人間臭さを消すために使われていたとか、お産の時にも使われていたとか、日本人は豊作を願う儀式にも使われていたようです。

日本に通じるアミニズムの精神のように、自然が育んでくれる命や恵みに対するリスペクトがあったんでしょうね。
そうですね。現在、SDGSが謳われていますが、それはこれまでの日本人がシンプルに行ってきたことに通じていると感じます。身近な自然や季節と共存する自然崇拝の気持ちに改めて向き合う必要性に気付かされていますよね。

成長が早く堅牢な麻は、次第に神々しい存在に

2023年の2月末までCannabis Japonicaという日本の麻の伝統や歴史がアムステルダムとバルセロナの美術館で行われていると先日大麻博物館の館長さんに伺いました。また、先日伺ったフランスでは、日本発の自然由来のウェルネスグッズを多く見かけました。ヨーロッパの方々の日本の麻や自然、歴史への関心の高まりを感じています。
オーストラリアの方が先日ここにきて同じことをおっしゃっていましたよ。南ドイツでも麻の歴史は結構深くて生活の中で生きるために使われていたようで、道具なども残っているようです。ただ神具というのは日本の独自の文化のようですね。

大森さんは麻の農家として伝統を守りながら炭をつかった商品開発など新しい挑戦もしていますね。
元々もの作りが好きだったんです。麻の良さを伝えるために、身近に使える何かを作っていこうと思って20年くらい前にまず紙を作り始め、照明を作ったり、今は花火炭を焼いたり、食品用の麻炭を作ったり。できることはとりあえずやっていこうと。

麻と石灰のみで作られた100%生分解性のヘンプクリートハウスも完成されましたね。
もともとこの辺は石灰の名産地でもあるので、乾燥させた麻殻・オガラ(麻茎の芯)を粉砕して、オリジナル石灰と水を混ぜて作りました。ヘンプクリートは、吸音・断熱・調湿・耐火に優れていて、イギリスやフランスで人気の高い建材なんですよね。壁1立法メートルにつき最大165キログラムの炭素を吸収して閉じ込める力があるそうです。外国の情報しか無い中、何度も配合を調整して試行錯誤の末、完成することができました。

麻と石灰のみで作られた100%コンポスタブルなヘンプクリートハウス

今後の挑戦や広がりを楽しみにしています。
日本に古くから根付いた麻の魅力や有用性を現代の暮らしに適合させられるような取り組みをこれからも続けていきたいと思います。

※1テトラヒドロカンナビノール:幻覚作用や記憶への影響、学習能力の低下等をもたらすと言われてている (厚生労働省)
※2カンナビジオール:炎症を鎮めたり、不安を和らげたりする作用がある。習慣性や依存性がなく、通常の使用なら副作用や中毒性はない(カンナビノイド審査委員会)

Photography Teddy Wilkins
Interview Hikari Mori
Text Yuka Sone Sato
Design Mammy Horie



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